長野地方裁判所上田支部 昭和36年(ワ)30号 判決 1962年2月15日
事実
原告佐野与一は請求原因として、被告南条農業協同組合は昭和三十六年四月二十二日訴外株式会社オレゴン商会宛額面金百三十八万六千円なる約束手形を振り出したが、右訴外会社は支払期限内に訴外金港油脂株式会社に対し同会社は更に原告に対し、順次右手形の裏書譲渡をした。そこで原告は支払期日に支払場所において右手形を呈示して手形金の支払を求めたが、被告は支払を拒絶したので、被告に対し右手形金及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。
被告南条農業協同組合は抗弁として、仮りに被告組合が本件約束手形を振り出したものとしても右手形は当時被告組合の組合長理事であつた訴外細田幸雄が組合長名及び組合長印を冒用し、組合の目的外で振り出した偽造手形であるから無効のものであり、たとえ手形取得者が善意であつても被告組合はこれに対し手形上の責任を負わない、と主張した。
理由
証拠を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、昭和三十五年十二月十日頃当時被告組合の組合長理事であつた訴外細田幸雄は被告組合の運営に破綻を来し、その収拾に苦慮していたが、殊に同組合の年末資金繰りの窮状を糊塗しようとして、同訴外人個人のためにする意図を以て、同訴外人と密接な協力関係にあつた訴外上信産業株式会社の代表取締役小林倫也に手形割引による資金の斡旋を依頼し、被告組合長細田幸雄振出名義の額面金百万円、宛名欄白地、二ケ月先払の約束手形二通及び額面金二百万円の約束手形二通以上額面金合計六百万円の約束手形を振出、交付しておいたところ、右小林は依頼の趣旨に反し、上信産業株式会社のため被告組合名を以て、同月中及び翌昭和三十六年一月中の二回に亘り訴外株式会社オレゴン商会より大豆白絞油等油脂合計金百三十万円余を購入し、同会社に対し右代金及び同会社との既取引の残債務支払のため前記額面百万円の約束手形二通を交付し、同会社はこれを訴外金港油脂株式会社に対し取引代金決済のため裏書譲渡し、同会社は手形割引のためこれを更に原告に裏書譲渡したが、右約束手形は何れも支払期日に不渡となつた。よつて前記オレゴン商会より被告組合長細田幸雄に折衝の結果同年二月二十日頃同人は同商会に対し手形金の一部弁済のため商品を提供し、残額につき手形書換をなすこととし、額面金三十四万六千円及び額面金百万円の約束手形各一通を前記オレゴン商会宛振出交付し、右各手形は前同様の順序で原告へ裏書譲渡されたがこれらの約束手形も支払期日に不渡となつた。更に被告組合長細田幸雄の懇請により手形書換をなすこととし、同人は前記二通の手形金に遅延損害金を加算し一括して額面金百三十八万六千円の本件約束手形一通を前記オレゴン商会宛振出し交付し、右手形も前同様の順序により原告に裏書譲渡されたものである事実を認めることができる。
以上のとおり認められるところ、これら認定の事実によると元被告組合代表者組合長細田幸雄は被告組合運営の失敗を糊塗するため、被告組合の目的を逸脱し、その代表権限を超え自己個人のため手形割引による金融を得んとして代表者組合長名義を乱用して約束手形を振り出したところ、右手形はその意図に反して転々流通して原告に裏書譲渡され、その後右約束手形金残額につき二回に亘り手形の書換をなした最終手形が本件手形であつて本件手形は訴外株式会社オレゴン商会宛振り出され、訴外金港油脂株式会社を経て原告に裏書譲渡され原告が現にこれを正当に所持するものであるが、本件の如く法人たる組合の代表者がその権限を超え代表者個人の利益のため代表者名義を乱用して約束手形の振出をなした場合、右は背任行為となることはあつても手形偽造行為となることはなく、従つて、よつて作成された手形は偽造手形ではなく、又本件の如く約束手形が支払期限内に裏書譲渡された場合振出人は手形取得者に対し、その者が悪意ならざる限り、手形振出が組合の目的外においてなされた無権限行為であること或いは手形債務の原因たる債務が存在しないこと等前者に対する人的抗弁を以て対抗し得ないものであるところ、被告は本件において原告の悪意であることについては何ら主張及び立証をしない。
してみると、本件約束手形が偽造手形であり又被告組合代表者の無権限行為により振り出された無効手形であるとの被告の抗弁は理由がなく、被告組合は本件手形の正当な所持人である原告に対し本件手形金の支払をなす義務があるから原告の請求は正当である。